5巻、麦の刈り入れの後に描かれる作業。木の台に固定した束を、しごき台のような道具で梳いて茎を叩き砕き、中の繊維だけを取り出している。これは穀物の脱穀ではなく亜麻(フラックス)の繊維取り。当時のフィンランドの農村では、麻布(リネン)を自給するために欠かせない工程だった。

工程はこうなる。

  1. 亜麻を刈り取って乾燥させる
  2. しごき台で茎を叩き、外側の硬い皮を砕く(作中の場面)
  3. 中に残った柔らかい繊維だけを梳き取る
  4. 糸に紡いで機織りで布にする

同じ植物なのに、価値のつき方が逆転している

面白いのはここから。亜麻という植物が、時代によって全く違う価値のつき方をしている。

カトリの時代(20世紀初頭):亜麻は繊維を取るための作物。誰の家でも作る当たり前の存在で、安いも高いもない生活必需品だった。

現代:亜麻オイル(アマニ油)として、種子から搾る油の方が主役になっている。オメガ3脂肪酸が豊富な健康食品・美容オイルとして扱われ、酸化しやすく低温圧搾でしか作れないため単価が高い。

同じ植物なのに、注目される部位が「茎の繊維」から「種の油」へ移動し、意味合いも逆転している。当時は生活を支える衣類の原料(安い・当たり前)だったものが、現代では健康志向の嗜好品(高い・特別)になった。

カトリの時代の「当たり前」が、現代では「贅沢品」になっている。黒パンや薪ストーブ、羊毛なども、探せば同じ構図が見つかるかもしれない。